何キロ走ったやら・・・。

今日は、一日中運転していたような感じで疲れた私です。こんばんは。




原爆の被害を二回味わった人の事を映画か何かでやっているのかな?それをニュースで見ました。
いろいろな国の若者にそれを見て、何を感じたか聞いてみたようですが・・・。
大抵の人は、原爆は恐ろしいもんだ、二度とそれを使うような事があってはならないみたいなことを言っていたようですが・・・。
中国の若い人は、戦争という状態では公平じゃないかと。
日本人は、中国人に酷いことをしたのだからと言っていた。
結局、あの国はそう言う国なんだと思いましたね。
一瞬で何十万人死んだのと数千人死んだのがイーブンだと。
そう言うのなら、戦争だったんだものその他に酷いことがあってもイーブンで良いのではないか?
それを日本が受けた被害は当然、自分達が受けたのは大変な物だという考え方が既に傲慢な気がする。
原爆の被害は、銃殺などのレベルを超えていると私は思います。
銃殺は、言っちゃ悪いけど人間だけの話ですからね。
でも、原爆は自然環境に甚大な被害をもたらします。
それに銃殺では人類が滅亡することは無いでしょう。
でも、原爆ならば地球上全て(陸地だけって気がするけど)の生物が死滅する可能性が十分あるのです。
中国の若い人が、そう言うところを理解してそのようなことを言っているのならば、救いようがない民族だと思いました。
っていうか、少なくともそいつは救いようがないみたいな。
同情してくれとは言わないが、原爆は、核兵器は使ってはいけないと言うのを肌で感じて欲しかったです。
何かなぁ・・・どうも最近(っていうか戦後)の中国は本心から好きになれない。
侮蔑とかそう言うのを通り越して嫌悪している自分がいる。
文化交流とか何とか言っているけど、上辺だけのつきあいではすぐにぼろが出ると思う。
それが凄く悲しい。




終戦の日が近づいてきて、靖国問題が浮上しているけど戦後教育を受けた私としてみても分祀すべきだと思う。
っていうか、A級戦犯自体合祀すべきじゃないと言うのが私の結論です。
何故なら、どういう理由があれその人達が死んだのは戦後だから。
戦争中に死んだ訳ではないから。
靖国神社の存在そのものがその人達のせいで意味が無くなってしまっているから。
東京裁判の是非を問う前にその人達は入るべき人達じゃない。
だって、軍人が訓練中に死んでしまった事件が明治時代か大正時代にあったそうだが、その時も当時の陸軍幹部は靖国に奉って欲しいと嘆願したらしい。
でも、当時の人は靖国は戦争中に国のために命を捧げた人を奉るところと決めたところなので、心情は分かるけど奉ることは出来ないとキッパリしめしたそうな。
この例から言ってもA級戦犯は合祀すべきじゃないと言う立派な理由になると思うが。
他の国にどうこう言われたからではなく、日本人が自分達のために歴史認識をすべきじゃないかと思う。
結果として、他の国が納得するならば良いではないか。
ちなみに靖国は軍人だけではなく、戦争中に犠牲になってしまった人達も奉っているそうな。
それは靖国の主義に則っているので問題ないと思うのだが。
東京裁判がどんなに理不尽だという話になったとしても、忘れてはならないのは日本が無条件で降伏したと言うこと。
そして、その人達のせいで子孫にまで嫌な思いをさせているこの現実を見逃してはならないと私は思う。
この問題は他国が絶対侵入してはいけない、何が何でも日本人が喧嘩しても良いから自分達の手で決着しなくてはいけない話だと思う。
それこそが靖国神社が存在する意味でもあると思うのだが。




結婚できない男を見た。
とても面白い。
あー、マジで第一話と第二話を見なかったのが悔やまれる。
絶対DVDが出たら借りるぞ。(ぇ)
・・・買うほど余裕がないので。(泣)